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会長日記

三宅八幡と壬生寺

先日の京都行きで訪ねた場所は、会議のあった宝ヶ池周辺と宿泊した四条堀川近辺。どちらもそんなにメジャーとは言えないエリアですが私にとっては縁あるところです。

「三宅八幡宮」は、京都市左京区といっても、いわゆる北の岩倉村近くの辺鄙なところにあって、洛中からは郊外への旅行気分で出かけるような場所です。

ここは小さな神社ですが「虫八幡」とも呼ばれ、ご利益は子供の守り神としての「かんの虫封じ」「夜泣き」「安産」などで有名です。本殿の南側入り口には、狛犬でなく「狛鳩」が置かれてあるのが特徴。

なぜここを久しぶりに訪ねたかというと、私は学生時代の4年間、この神社の近所に下宿していたからです。

神社西側のこの鳥居の内側に下宿屋はありました。

今では違う方が住んでおられますが、ここに12部屋ほどの下宿屋があって、共同風呂、共同便所、四畳半一間の生活をしていたのはもう50年近く昔のことです。家賃は電気代込みでも月8000円~9000円という安さ。

ここから歩いて15分くらいで先々週ロータリークラブの大会があった宝ヶ池国際会館なので、懐かしさで今回立ち寄ってみた次第です。

当時は叡山電車が通学の足で、昭和レトロの極みのような時代です。

下宿からの歩いて5分、最寄り駅である現在の「八幡前駅」とカラフルな電車。始発、終点の「出町柳駅」まではゴトゴトと10分少々。

昭和50年代当時、まだ地方のローカル線の駅のようだった出町柳駅と、戦前から走っているような博物館級のポール型パンタグラフの電車に乗っていました。(注:ネットで見つけた写真)

現在は京阪電車とつながっている今の出町柳駅と近代的になった電車たち。しかし、線路沿いの風景はあまり当時と変わりがないようにも思う。

50年前にタイムスリップのひと時でした。

翌日、宿泊したホテルから歩いて10分の「壬生寺」に行きました。四条通は外国人の観光客が超いっぱいでしたが、四条大宮を越えるとほとんど居なくなってしまいます。

壬生寺は律宗の大本山の寺院で、本尊は地蔵菩薩。広く重要無形民俗文化財の「壬生狂言」で知られていますが、何より新選組ゆかりの寺として有名です。

私は昔から幕末小説が好きで、司馬遼太郎の「燃えよ剣」、浅田次郎の「壬生義士伝」「輪違屋糸里」をはじめ新選組関連の本や映画はたくさんみてきました。

幕末、京都の治安維持を目的に活動した新選組(当初は壬生浪士組といった)の本拠地である屯所(宿所)が、寺の北側にある八木邸に置かれた。そのときから寺の境内は新選組の兵法調練場に使われ、武芸などの訓練が行われた縁で今も新選組隊士の墓である壬生塚があります。

新選組局長、近藤勇と副長、土方歳三の像があります。土方の像は見たことないなと思っていたら、昨年建てられたばかりだそうです。

最初の屯所だった八木邸、今は和菓子屋さんになっていて、家内を見学することができる。

お隣は、その後もう一つの屯所となった前川邸。こちらは中は一般公開はされていないが、お土産とかを売っています。

立派な建物を維持していかれるだけでも大変だろうなと感じました。

インバウンドの外国人観光客は新選組には興味がないのか、ほとんど見かけませんでした。

会長